ジゴロ田中というハガキ職人

ここ3日間、日記が適当でごめんなさい。理由は、ここ最近、文化祭の資料作りで忙しくなったのと、『西川オールナイト』が終わった今、自分はどうするか考えていたんです。21日の放送で、自分の渾身のネタが読まれなかったので、あまりの情けなさに放送終了後、9月20日の日記に書いたとおり本当に辞めようと思いました。けど、その日の日記に寄せられた皆さんからのコメントを見て、もう一度ゆっくり考え直してみることにしました。そして、今日、心に決めました!
僕は、この西川貴教のオールナイトニッポンで、西川さんに読まれたいがためにハガキを書き始めました。3ヶ月かかって、ようやく『黒深田恭子In My Room』で初採用されました。そのときは本当にうれしくて、次の日、学校に着くやいなや、前日(何がきっかけか忘れたけど)ケンカしていたムカイに「読まれたで!」と満面の笑みで言って、見事、仲直りにも成功しましたw それから、2ヶ月に一回のペースで読まれて、投稿が楽しくなり、他の番組にも送るようになりました。それからもハガキを送るのが習慣になり、高2の頃、「将来はラジオの作家になろう!」と決意をしました。
番組が1時代に移り、新たなレースがスタートし、作家が変わっても、西川さんが好きなのは変わりないので、受験が終わってから、投稿し続けました。その結果、自身初のTOP5入りを果たすという素晴らしい結果を残すことが出来ました。しかし、この頃から、自分の中に変な投稿者としてのプライドが生まれたのです。それは、「自分は将来、1位になるんや!」とか「何で、俺のネタが読まれへんねん!?」とかいう厄介なもので、完全に楽しくハガキを書くという概念を消し去ってしまうものでした。それから、他の番組では、ぼちぼち読まれるものの一番力を入れている西川貴教のオールナイトニッポンでは、なかなか読まれないというジレンマが起こったのです。
そして、今週の月曜、『西川貴教のオールナイトニッポン』最後のハガキ職人レースが終了し、自分は、最後は読まれなかったものの13点で9位という成績を残しました。コーナー最終回でネタは読まれなかったけど、スーパー時代の僕は、トップ10にも入ることが出来ませんでした。しかし、5年以上、ハガキを書き続けた結果がこの順位にちゃんと現れていると、今、自分で思います。もう、この番組への悔いはなくなりました。そして、私、ジゴロ田中は、この経験を糧に再出発させていただきます。もう一度、『楽しくネタを書く』という概念を復活させて、他の番組や雑誌に力を注ぎ、構成作家になることを夢見て、全力でネタを考えたいと思います。
皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。今後とも、ジゴロ田中をよろしくお願いします。